白州の杜からブログ

本とコーヒーと犬との生活

2012年07月

 
 昨日、朝7時過ぎに出て、相模原に向った。帰りに相模湖の借りている
畑に寄って草刈。行きも帰りも中央高速を利用したが、それでもわが家に
着いたのは6時前。ジャッキーは11時間も留守にしていたことになる。
 
 わが家の横の道から見ると、彼女が気がつきハウスからでてきたのが
見えた。車から降りて近寄ると、さすがに尻尾を振って出迎えてくれた。
「お留守番偉かったねえ」とおやつを与えたあと、すぐに、散歩にでた。
ここで、彼女にとって大変な事件が起きた。
 
 横手甲斐駒神社参道で、二匹の犬を連れているおじさんに出会った。
一匹は、ツレアイから聞いていた白いラブラドール系の「モモ子」ちゃん。
おじさんがリードをつけてしっかり握っていた。
 
 もう一匹は、モモ子ちゃんより二まわりも小さく、右足が切断されていた。
リードもつけていない。モモ子ちゃんのうしろから、片足が不自由だから
撥ねるように歩いてくる。
 
 おじさんの話によると、仮に「しろ(う)」と呼んでいるが、誘わないのに、
勝手にモモ子の散歩に付いてくる、という。
 
 えー、野良犬?いや、腹違いの弟で3才離れている。自分の家と飼われ
ている家とは200mくらい離れている。一度、そこのオヤジさんに連れられ
でわが家にやってきた。それ以来、勝手にふらふらと来て、付いてくる、と
いうのだ。自分の家でも放し飼いなのだ。
 
 2匹の犬に会って、ジャッキーは嬉しくて仕方がない。先ず、モモ子ちゃん
とは顔見知り。挨拶を交わしていた。次に片足の「しろ(う)」に近づくと、
いきなりモモ子ちゃんがジャッキーに噛み付いた。口と口がぶつかって
音がした。
 
  あわてておじさんはリードを引っ張る。
 
 どうしたんだ、いつも会うジャッキーじゃないか。
 
 幸い、ジャッキーに怪我はない。おじさんは盛んに謝った。モモ子は、
「しろ(う)」と仲良くする犬がいるとやきもち焼くんですよ・・。
 
 そうか、まだはっきりわかったわけではないが、モモ子ちゃんは、「しろ(う)」
ちゃんが大好きで、面倒をしっかり見ている積もりなんだ。私のかわいい弟?
にちょっかいださないでよ・・・・、ということかも知れない。
 
 「しろ(う)」が草むらでウンチをした。黒い便だった。血は混じっているので
はないかと心配になる。おじさんはその便を処理しようとしなかったので、
私がミニスコップですくい地中に埋めた。
 
 ジャッキーは咬まれたとき、鳴き声ひとつ出さなかった。表情も変えな
かったのではないかと思う。こういう喧嘩を慣れているのだろうか。
生まれつきフレンドリーなのだろうか。二匹が去ったあとも、腹ばいに
なって「もっと遊ぼうよ」の姿勢で、遠ざかる二匹を目で追っている。
 
 一週して戻ると、また一本道で彼らと出会った。少しでも仲良くさせようと
モモ子ちゃんとジャッキーをお互い近づけた。また、噛み付かれた。一瞬、
リードを引いたので、ダメージはなかった。
 
 ゴメンゴメン、2度目も同じ過ちを犯すなんて、なさけない親だ。二匹の
ときは注意しよう。
 
 犬の複雑な心理の一端に触れた一日だった。
 
 

 私は、野坂昭如作『戦争童話集』(1980年 中公文庫)の第5話「年老いた
雌狼と女の子の話」を開いていた。8.21の「死んだ男の残したものは」に
参加するYさんの朗読リハが始まった。「昭和20年 8月15日」、そうそう、
12編すべてこの1行から始まる。
 
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  ついで「満州、詰まり現在の中国本土、東北地方の、高粱畑の中に、
大きな狼と,4歳になる女の子がうずくまっていました」と続いたところで
狼がなぜ、女の子と二人でいるのか、死に場所を求めてさまよう狼の
話がしばらく展開します。
 
 ところが、彼女の読む「年老いた~」は、狼の事情は大幅に省略し、やさ
しい言い回しで、女の子と年老いた狼との邂逅のシーンへと向います。
彼女が読んだのは、『絵本 野坂昭如 戦争童話集』「1.年老いたメス狼
と女の子の話」(野坂昭如原作 水谷明子 文 平田敏夫 絵 1993年
汐文社)だったのです。「雌」ではなく「メス」に変わっていました。
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 物語は、一人ぼっちの女の子がなぜ年老いた狼と一緒にいるのか、読者
にはわからないで進行する。8.9ソ連の満州侵攻で逃げる家族の中で
はしかにかかった「キク」ちゃんがやむなく置き捨てられる事情。彼女は
大好きなシェパードを飼っていたことなどが、お母さんの置手紙で最後
明らかになるというもの。
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 たしかに、やさしい文章で死に場所を求めてさまよう年老いたメス狼と
置き去りにされた少女との道行き、そして、少女をさらっていくと間違えられた
狼が鉄砲で撃たれるシーンは、新美南吉作『ごんぎつね』のラストシーンを
思い起こさせる、切ない物語に仕上がっている。
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  「キク」ちゃんの母親の置手紙など、原作にはない部分も取り入れられて
いるが、読者の心情に訴える絵本となっているだろう。全6巻とも、水谷明子
という人物が文を書いている。どんな人だろう。インターネットで検索しても
それらしい人物が浮かばない。著書はこれだけだ、と思う。
 
 また、このシリーズ5巻目『ぼくの防空ごう』の絵は真崎守である。懐かしい、
絵本も手がけていたのか。一度、読んでみたい。
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 なお、1995年、新潮社から黒田征太郎のイラストで『戦争童話1,2』が
刊行されている。これは見ていない。
 
 さらに2002年には、NHK出版から発行された同じ黒田征太郎・絵で
『戦争童話集~忘れてはイケナイ物語り』(全4巻 原作・野坂昭如 文・
日暮真三 仲畑貴志)がある。文の二人はコピーライターである。
 
 こちらの「年老いた雌狼と女の子の話」は、第1巻『凧になったお母さん』に
収められている。子どもたちには少し難しい部分も全体にわかりやすくリライト
されている。原作にほぼ忠実といっていいだろう。 イメージ 7
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  ところで、私も、Yさんが朗読する絵本・水谷版を読んでみようと、図書館に
向った。彼女は絵本を図書館から借りたとたしか言っていた筈。すぐに見つ
かると思ったが、カウンターで検索してみたら、ないとのこと。では「図書館
ネットワーク」でと頼んだらやはりない、と言う。
 
 後日、メールでYさんに連絡を取った。どこで借りたのか、あるいは新刊を
買ったのか、問い合わせたが、なかな返事がない。あまりメールを見ない
人なのだ。
 
 携帯に留守電が入った。市内の図書館から県立図書館に借りてもらった、
という短い返答だった。なんだやっぱりあるじゃないか。再度、図書館へ。
「タイトル検索」でやはりない。今度は図書館ネットワークの「著者検索」で
調べた。あった。なんと「雌狼」は「メス狼」と変わっていたからヒットしな
かったのだ。 なんだ。肩透かしをくらった感じ。
 
 ところでYさんは、絵本を借りたが、同著者の『戦争童話集』が原作と
知らなかった。逆にそれを知って驚いていた。では、市内の図書館にない
絵本をなぜ知ったのか、と疑問が涌く。
 
 今度会ったら、聞いておこう。

  昨日の6時半頃、Mさんの家の前を通った。Mさんは、玄関横のトマトの
ツルを直しておられた。丁度3つほど赤いトマトがおいしそうに熟したので、
ハサミを中に取りに行ってる僅かなすきに、サルに盗られたという。
 
 Mさんといえば、パピヨンのパピーちゃんがサルを追いかけて以来、サル
はでなくなった、と聞いたばかり。パピーちゃんはそのとき、どうしていたん
ですかと聞こうと思ったが辞めた。
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 サルではないが、私のところも小動物にやられた。生ゴミ穴から這い出した
かぼちゃは勢い止まらず、アーチやドッグランの金網にまで迫っていた。
雌花から小さな実をつけていた。
 
 ところが昨夜朝、見回ると、何個も小さな実がかじられたり、かけた実が
ドッグランに落ちていた。ハクビシンかウサギ(この前見かけた)か何かの
小動物の仕業だ。犯人(ほし)はどこに?
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 盗られること自体は覚悟していたので、大きなおいしいかぼちゃは端から
あきらめていた。このことをきっかけに、これ以上伸びようにツルを何本か
切った。
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  切って、とてもすっきりした。今まで、おそるおそる、半ばあきれながらかぼ
ちゃのツルの成長を見守っていたからだ。
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 北庭に端に植えたひまわりの区画も、2本倒れ、1本のつぼみもかじられ
たのか、無くなっていた。これも同じ犯人の仕業だろう。
 
 それにしても、草茫々のひまわりコーナーだネ。
 
 このひまわりコーナー、よくみると、ようやく2本、花が開いている。
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 もうひとつ遅いものがある。8月に入ると言うのに、山アジサイはまだつぼみ。
1本も花開いていない。特に今年は遅いと感じる。
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 「蚊帳菜園」の例のとうもろこしは、下のほうから1房ずつできているの
がわかる。1房しかできていないから、1本仕立てにする必要もない。
 
 こんな実がつまるかどうかわからないとうもろこしの予約が入った。Tさん
の奥さんである。完全無農薬の食品であることは間違いない。
 
 わがとうもろこしよ、期待されてるぞ、ガンバレ。
 
 農薬で思い出したが、昨日夕方ジャッキーと散歩していたら、森の小道の
両側を噴霧器で、除草剤を撒いているおじいさんがいた。何も知らない犬は
鼻で匂いを嗅いだり、野草を食べたりする。とんでもない話だ、と後から
腹が立ってきた。
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  昨日、私が外出から戻ってきても、ジャッキーが迎えにでない話を書いた。
それは、帰ってきたとき、おやつをあげていないからではないか、とも書いた。
それだけでないことは、私も知っていた。初代ジャッキーの話を少し。
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 はるか、45年前であるが、私は大阪の義兄の家に居候をしていた。ある時
犬が飼われるようになった。雑種である。ジャッキーと呼んでいた。京都に
通学しながら、時間があると、神崎川の河原にジャッキーを連れて行った。
 
 当時、義兄の家は左官屋をしており、とても忙しかった。子どもたちはまだ
小さく、ジャッキーを散歩に連れて行くことは難しい。散歩させる役は、当然、
私に振り当てられる。というより、犬好きの私は喜んで、河原に行った。
 
 ジャッキーにしてみれば、左官屋の家の敷地につながれたままの状態から
救ってくれるのは、学生の私しかいなかった。私を心待ちにするしか
仕方がなかっただろう。
 
 義兄の家は、ある路地奥にあった。入り口角から30mくらいあっただろう。
阪急電車の最寄の駅から帰ってきて、路地に入ると、ジャッキーは私の足音
聞き分けた。うれしい鳴き声をあげ続けたそうだ。
 
 姉たちは、それで私の帰宅を知ったという。1分ほどすれば、事実、私が
姿を現したのだ。そのことを聞かされると私もますます、ジャッキーが
好きになった。すぐに散歩に連れ出す日々だった。
 
 学生の身には、就職が待っている。東京で一年過ごしたあと、一度大阪
帰った。ジャッキーはもう私のことを忘れているだろう、と思いながら路地
へ曲がった。しばらくすると、ジャッキーの鳴き声が聞こえてきた。強烈な
うれし鳴きだ。
 
 一年も散歩に連れて行っていない私を、私の足音をジャッキーは覚えて
いてくれたのだ。ゴメンねと謝りながらジャッキーを抱きしめた。
 
 仕事が忙しくなり、大阪へも行けなくなった。姉からジャッキーが死んだと
電話で聞かされた。申し訳ない気持ちで一杯だった。
 
 冒頭の写真は、初代ジャッキーの、たった一枚のものだ。私が失くしたか
どうかして、手元になかった。数年前、姉の家を訪ねた。この写真があった。
一度預かって、複写して返すことになった。このとき、ジャッキーを拾って
来たのは私だったと姉から聞いた。
 
 記憶にない、まったくない。学生の身で、しかも居候の身で、飼えるわけ
がない、と言っても、姉はそう主張する。もし、そうなら、ジャッキーの世話
最後まで私が見なければいけなかった。
 
 改めてゴメン、ジャッキー。
 
 とにかく、初代ジャッキーと私の間には「強い絆」で結ばれていた。いや、
向こうが信頼していたというべきか。
 
 三代目とはまだまだそこまで行っていない。私も努力しなければいけない、
わかっているが、つい、初代や生後1ヶ月後から育てた二代目と比較する
ことも多い。反省の日々である。
 
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 因みに、写真には初代ジャッキーと私、甥っ子と、撮った人物の影が
映っている。影が映る人物は、誰あろう、現在のツレアイである。

  3,4日前のことである。私とツレアイは、それぞれ車で外出していた。
私が帰ってきたとき、ジャッキーがハウスから出てくるのが見えた。車を
車庫に入れた後、「ただ今ー」とジャッキーのところへ行くと、既に彼女は
ハウスに入っていた。お迎えはなかったのである。
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  しばらくして、ツレアイが帰ってきた。書斎コーナーからたまたまジャッ
キーを見ていた。車の音に気付いた彼女は、いそいそ?とハウスを出て
そのままの姿勢でツレアイが近づくのを待った。来ると嬉しそうに尻尾を
振った。
 
 なんという扱いの差だ。ツレアイはよしよしとポケットからご褒美のビスケを
取り出し与えた。扱いの差はこれだと思った。これ以降、私も袋におやつの
ビスケを入れ、持ち歩いている。
 
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  さて、今日はカメラ持参で、夕方のジャッキーの散歩に付き合うことに
なった。ツレアイのリードは、5m伸びるやつだ。彼女は無鉄砲な面もある
人で、今日も行ったことがない用水路横へ入っていった。
 
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   私も付いていって、写真を撮ろうとした。そこへ携帯がなった。あわてて
応対していると、いきなりジャッキーが飛び込んだ。この用水路はいつも入る
のより、幅が広い。彼女は流されかかって、反対側に上がった。
 
 またも、決定的なシャッターチャンスを逃した。忌々しい電話メ。このとき
熊よけ(また、今度は尾白川流域に出たらしい)に持っていた鈴を落とした
こともあとでわかった。
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 今度は、夕刻の散歩で行く小川に入っていった。こういうとき、5m伸びる
リードは楽でいい。
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 この前会ったベリーちゃんの家に行ったが、居なかった。散歩にでている
のだろう。ベッキーちゃんにも今日は会わなかった。二匹ともこの前写した
写真を持っていったが、空振りに終わった。
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  帰りには、パピーちゃんの鳴き声だけが聞こえた。友だちに会えなかった
散歩も初めてだとツレアイは言った。まだ、5時半。暑さが残っている。
熊情報もあるし、まだ散歩にでている犬は少なかったのではないだろうか。
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 戻ると、ドッグランでのひとときが待っている。今、おやつを見せて、
「ジャッキー」と呼んだら、すぐ来るように訓練?している。彼女は呼ばれる
と、私の手の中におやつがあるかどうか注視している。あると確認してから
飛んでくる。
 
 これでも、訓練やしつけになるのでしょうか、Mさん。
 

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