私は今までいろんな仕事を受注してきた。『ミカたちの夏休み』という名前だったと思うが、現役の中学生に出演してもらってドキュメンタリードラマを作ったことがある。今でも存続していると思うが北方領土復帰期成同盟という組織からの依頼で、北海道の中学校に副教材ビデオとして見てもらう狙いがあった。

 北海道の夏は短かく、寒い。根室半島近くのキャンプ場でキャンプファイアのシーンをロケした時である。組まれた薪が盛大に燃えているのに寒くて、演出している私は震えていた。出番を待っていた主人公の中学生がドテラを貸してくれたことがあった。この子の父親が某国立大学の教授であった。わが娘の主演ビデオを見て「なんだ、右翼的な作品だな」との発言をしたらしい。

  発注先が発注先だけに作品の意図は中学生にも「北方4島は日本固有の領土」であることを認識してもらうことである。そのことを前提にしながらも、もともとは日本とかロシアとかどの国家の領域に属さなかった島であることなども提示し、自分の頭で考えることを狙いとして脚本を書き演出した。それが某教授には理解してもらえなかったのは残念だった。
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 そのほか何本か制作したと思う。当時も現在でも「北方領土返還」の「北方領土」とは歯舞・色丹・国後・択捉の4島を指していることは私は疑っていなかった。それが先週木曜に開催された市民自主講座「戦後75年 戦後処理・平和を考える」の第1回で、講師の浅川保氏が「ポツダム宣言受諾でで千島列島はソ連の領土となった。この千島列島の範囲は国後・択捉まで入るのが国際的常識」と話されたのでびっくり。
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  信じられなくて和田春樹氏の『領土問題をどう解決するか』(平凡社新書 2012)の該当するところを読んでみた。日本は昭和26年のサンフランシスコ平和条約締結によって独立を果たした。この時「千島列島」は国後・択捉までで、歯舞・色丹は日本の領土と解釈され、アメリカもこれを認めた」というのです。日本政府はその後ソ連との領土返還交渉に「4島返還」と修正することになる。

  昭和30年ごろから国会での政府答弁があいまいになり、昭和36年の池田勇人首相の見解は「千島列島とは得撫島以北の18島を指す、それに含まれない択捉・国後以下は日本固有の領土」となり、以後「四島返還」を国是とするようになった(もっとも安倍首相時代は交渉を打開するため2島返還に切り替えたが、また元に戻った)。

  鳩山一郎首相時代、日ソ国交回復交渉でソ連は歯舞・色丹2島返還を提案し、一度はこれを受けようとしたが国内の反対で受け入れなかったこともあった。ソ連の提案はそれなりに根拠があったのだ。もっともここで北方領土が返還されると日ソが近づくことになり、反共の立場からダレス国防長官が裏で反対したという話は私も聞いていた。

  それはともかく、和田春樹氏はポツダム宣言を受け入れ敗戦国となり、独立に際してサンフランシスコ平和条約を受け入れたのだから、たとえソ連侵攻まで日本人が住んでいた日本の領土であったとしても、択捉・国後は
今はロシア領として認めなければいけない、と主張している。「四島返還は」は大いなる「詭弁」だとも指摘している。

  私に「千島列島」の択捉・国後はソ連領という、自民党政府も受け入れた認識はなかった。昭和30年から6年間で「四島返還」に修正された経緯も全く知らなかった。「所得倍増」のキャッチで安保闘争後の秩序を回復した池田政権が「四島返還」に切り替えたとは。そのことを知らずにビデオを作り、政府広報にも私はタッチしていた不明を恥じたい。もっともその経緯を知っていたとしても、これを作品に反映させることはできなかったと思うのだが・・。

  この1点を知っただけでも市民自主講座に参加してよかったと思う。その2回目は今日火曜日10時から。「②(戦後処理をめぐる)関係各国との経過と課題」。昨日の講演会の「予習」に忙しくて、2回目の史料を読むことはできなかった。それだけにアジアに対する「戦後処理」で新しい視点や事実が展開されるのではないだろうか。期待しています、浅川さん。